夏休み

8月は、夏休み。テレビでは、お盆帰省客の様子を放送していた。子供達が、祖父母の家に遊びに行った楽しさを話していた。僕も、小学生の時、兵庫県芦屋市の祖父母の家に、遊びに行った。神戸の街を、案内してもらったり、六甲山から、街を見下ろしたり、甲子園の高校野球の決勝戦を見に行ったりした。愛媛県の西条高校が優勝した試合だ。昭和33年だ。あれから59年になる。昨日のように思い出される。先日、100歳を超えた人の感想が、「あっという間の100歳だった」と言われている番組を見ていた。本当に、そうだと思う。毎年、8月は、戦争の話と高校野球に、夏を実感する。戦後72年経って、遺族も高齢化している。高校野球は、高校生の躍動する姿に、羨ましさもある。今年は、それらを見ているだけで、終わってしまった。何もしなくても、過ぎてしまう。今、「24時間テレビー愛は地球を救う」を見ている。今年で、40回になる。1978年から始まった。最近では、善意の押し付けや、偽善的と言われている。しかし、それなりに意義はある。僕は、昔、坂本九さんが、出演していた時を、覚えている。福祉施設を訪問したり、障害者の輪の中に入っている姿だ。しかし、32年前の日航機事故で亡くなった。僕の家族も、5人の中で、4人が他界した。僕1人だけが、生存している。友人、知人が亡くなっているため、死ぬのは怖くないけれど、死にたくない。長生きがしたいと、本能的に思う。大した業績を残すわけでも無いけれど、死にたくない。三島由紀夫氏のような割腹自殺は、考えただけでも痛い。周囲の人に、迷惑をかけても生きたい。それが本能だろう。先日、福祉講演会で「防災について」の話を聴いた。災害への備えはしておきたい。孤独死の恐れもある。考え出したら、きりがないから、考えないようにしている。「笑点」を見て、亡くなった落語家を思っていた。亡くなったら、忘れ去られる。何もない夏休みも、幸せの一つだと思いたい。

麦の会(28)

7月の最終週は、暑苦しい。汗が出るため、疲れてしまう。明日は、花火大会。土岐川周辺は、混雑する。僕の家からは、音が聞こえるが、花火は見えない。外に出て、見る。昔、縁台に腰掛けて、見ていた。夏には、花火は欠かせない。今月も、麦の会があった。「弱さを抱えて歩む」(堀肇著)を読んでいる。今回から、C:どんな人も生かされる の章に入った。19、偽りなき懐疑心ーナタナエル 20、自分を生きることに徹するーアンデレ 21、「正しい」以上の「愛の仕方」-ヨセフ の学びをした。19と20は、12弟子の中でも、印象の薄い人達です。福音書の記述も、少ないし、話される機会も多くない。しかし、大切な役割を果たしています。ナタナエルは、「ナザレから何の良いものが出るだろう」と言っています。しかしイエスは、彼を、懐疑心の奥にある、メシアを希求する純粋な心を知っておられた。初めは、懐疑心を持っていたが、イエスに会って、それを捨てたのです。これが「信じる」という事です。彼は、パウロやペテロのように目立つ人ではありませんが、神を「信じる姿勢」を教えられます。20、は彼も、控えめな印象の弟子です。兄弟のペテロに、イエスを紹介した話や5千人の給食の時に、大麦のパン5つと小さい魚2匹を持っている少年を、イエスのところに連れてきたという話。また、十字架にかかるため、エルサレムに入られたイエスに、ギリシャ人を引き合わせた話。アンデレは、イエスにペテロ、ヤコブ、ヨハネの3人とは異なり、重要視されていません。しかし、自分の役割を果たして、満足していたのです。承認欲求や愛情欲求の強い私達にとって、自分を生きるモデルのように思えます。21、はマリヤの夫であるヨセフです。マリヤに比べて、取り上げられるのは、はるかに少ないです。しかし、彼は愛の人です。妻のマリヤの妊娠を知って、大きな衝撃を受けました。ヨセフは、「正しい人」でした。問題を愛に基づくものであるかどうかで判断したのです。マリヤの幸せを願って行動したのです。「最も深い愛の仕方」を選択したのです。これは、私達が判断に迷う時のメッセージです。以上が、今回の学びです。これらは、暑い夏を乗り切るメッセージでもあります。

棚経

蒸し暑い日が続いている。先日、雷雨があり、雷鳴に驚いてしまった。梅雨明けが、近いのだろう。今日は、7月13日。多治見市は、7月お盆だ。今朝、お寺から、棚経に来られた。御膳を供えて、お経を聴いていると、亡くなった両親と2人の兄を、思い出した。普段は、意識しなくても、お盆になると、思い出してしまう。亡くなると、話も出来なくなる。最近、棚経を断る人もいるけれど、亡き人を偲ぶ良い機会だ。先日、福祉センターで、「終活」セミナーを聴いた。昨年、5区の福祉委員会でも取り上げたセミナーだ。誰しも訪れる「エンディング」。僕は、今年70歳になる。いわゆる古希だ。大学の同期会があり、記念写真が送られてきた。大半が白髪で、顔と名前が一致しない人も多かった。毎年年賀状を出している友人は、すぐ分かったが、そうでない人は、分からなかった。高校の同期会でも、分からない人が多い。市内を歩いていても、気が付かない。これは、仕方が無い事だ。僕も、若い頃は、人並みに希望を持っていたが、今は少ない。足腰膝が悪くなって、階段の上り下りに、苦労するようになった。食事は摂れるけれど、長くは歩けない。学生時代は、山歩きを趣味にしていたが、今は無理だ。自転車で、走るだけだ。一人で出来る事が少なくなった。その内、車椅子や介助が必要になる時が来るだろう。考えると、暗い事ばかりだ。夜中に、起きる事も多くなった。朝迄、熟睡出来ない。眠りが浅くなった。夜中に、ぼんやりしている時が多い。大相撲名古屋場所を見ていると、巨漢力士がまぶしくなる。僕は、千代の山、吉葉山、栃錦、若乃花、の頃からの、相撲ファンだ。久し振りに、観戦したくなったが、入場券が売り切れ状態のようだ。若くして亡くなった小林麻央さん。女性の乳癌は、他人事ではない。北朝鮮のミサイルより、危険な病気だ。まさか、我が身に降りかかるとはと思うのだろう。桜の咲く頃とお盆は、生きている命を、より考えてしまう。ブログの記事は、生きている間は、書くつもりです。どうかよろしく。

麦の会(27)

新緑が深くなってきた。季節の移ろいに、無常観を感じてしまう。毎日のニュースを見ていると、平和な世界とは思えない。桜の季節から、紫陽花へ移り、今は、緑が深くなっている。今朝は、「麦の会」があった。女性4名、男性1名の参加。「弱さを抱えて歩む」(堀肇著)の中で、B:ほんものを探し続けてを読んでいる。16、熱くなる同伴の旅ーエマオ途上の弟子 17、透明感ある真摯な求道ーエチオピアの宦官 18、嫌われ者を変えた出会いーマタイの3章を読んだ。16、は、物語として味わい深い話です。「不朽の短編」とも言われます。二人の弟子が、エマオへ向かう途中、イエスが同行しても、分からなくて、暗い顔をしていた。復活を知っていても、体験として理解出来なかった。そこで、パンを裂いた時に、目が開けた。これは、人生の旅路の「恵みの機会」を捕らえたのです。17、はエルサレムからエチオピアへ帰る途中の話。馬車に乗った宦官は、「イザヤ書53章」を読んでいたが、ピリポが説き明かしをして、イエスだと分かった。そしてすぐに、洗礼を受けた。ここには、「救いを求める謙虚で美しい魂」を見る思いです。人間の美しさは、真理に対する求道、探究の心にあります。18、は取税人として嫌われていたマタイが、イエスの「わたしについて来なさい」の言葉に、すぐさますべてを捨てて、イエスに従ったのです。マタイは、肉声が伝えられていないため、行動で知るしかありません。嫌われていたため、疎外感、寂寥感に苛まれていたのです。それで、素早く生き方を変えたのです。マタイは、「収税所のテーブルを去ったとき、ペンを持って去った」のですが、そのペンで、イエスの生涯の記録を世界に提供したのです。マタイは、印象の薄い人物ですが、イエスの招きを喜んでいたのです。 以上が、今回の学びです。

梅雨入り

今日、「梅雨入り」と、発表された。雨音が聞こえる中、過ごしている。また、「退位」特例法案が、参議院審議会で、可決された。北朝鮮の核・ミサイル開発は、将来を案じてしまう。戦争になったら、壊滅的な結果になる。最近、足腰膝の具合が悪くなったため、動作がのろくなり、階段の上り下りに、苦労する。高齢者の歩き方になっている。足を引きづって歩いている。65歳以上は、高齢者とされている。多治見市では、約30%が、その中に入る。今年の3月に、第5区の「TGKいきいきサロン」が、市役所内に設けられた。月曜日の朝10時から12時まで開かれる。近所の人達が、集う場所になるだろう。高齢化対策は、待った無しで、現実的な問題だ。昨年度、「ジョイフル多治見見学」、「認知症サポーター養成講座」、「終活セミナー」を、開いたが、参加する人は少なかった。高齢の方は、家から出ないからだ。梅雨の季節は、梅干しや梅酒を作るけれど、最近作るのが面倒になってきた。これは、老化なのだろう。意欲が無くなるのは、認知症の始まりだ。旅番組をよく見るが、海外は、行く気がしなくなった。国内も、近い所だけだ。2月に、恵那峡の国際ホテルに行ってきた。友人6名で。泊りがけは、久し振りだった。朝風呂に入って、朝食バイキングを食べてきた。桜や紅葉はなかったが、泊り客は多かった。皆で、「上げ膳据え膳」はいいねと話した。たまに行くのは、「命の洗濯」になる。僕も、「断捨離」や「終活」を考える年齢になったのだろう。時々、大学紛争の頃を、思い出す。今朝,昭和46年11月の渋谷暴動事件での中核派の大坂正明容疑者が逮捕されたニュースが報じられた。46年間逃亡していた。その報道に接して、当時の熱気が甦ってきた。しかし皆、高齢者になった。2020年の東京オリンピックまで生きられるのだろうか。「梅雨入り」は、アジサイの花に象徴される。しっとりした季節だ。今は、平穏な日々が続いて欲しいだけだ。