麦の会(35)

春らしい陽射しになってきた。しかし、空気が冷たい。風も寒い。明るい朝は、爽やかだ。今朝は、麦の会に出席した。女性5名、男性2名の参加。年度末のため、忙しいのだろう。今は、「弱さを抱えて歩む」(堀肇著)を読んでいる。E.失望に終わらない喜びの中の、39.不思議な慰めの秘密ーイエスの母マリヤ 40、改悛の涙を流してーペテロ 41、今できる小さなことをー七人の漁師 の3章を読んだ。39、は、イエスの母であるマリヤは、「目だたぬ家の目だたぬ娘」と言われ、ナザレに住んでいました。有名な処女懐胎を告げる「受胎告知」は、御使いから、伝えられました。マリヤは、「カナの婚宴」や、「イエスの十字架」の場面に登場しています。母としての痛みや悲しみを体験しました。私たちは、マリヤに親和感と慰めを感じますが、その秘密は、受胎告知の時、「私は、主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」という、神への謙虚な態度にあるのです。そこに、「主のはしためです」という謙虚な生き方を見る時、人は、その人の中に、慰めの源泉を見るのです。マリヤの中に、それが見られるのです。40、弟子の中で、スポースクマン的存在のペテロは、その性格が、強烈で行動も大胆なだけに、性急で軽はずみな言動が目立ちます。彼の衝撃的な出来事は、イエスが逮捕されて、大祭司カヤパの官邸に連れて行かれた時、その中庭で、イエスの仲間であること指摘されると、三度も否定したことです。しかし、裁判に連行されて行く途中、イエスが「振り向いてペテロを見つめられた」のです。それは、赦しのまなざしでした。「イエスは、この視線の中に、愛情と許しの無限の宝をこめた」(作家モーリヤック)のです。ペテロは、この視線・まなざしを受けた時、「外に出て、激しく泣いた」と、記されています。ここに深い感動を覚えます。ペテロの偉大さは、自分の行動を深く悔い、イエスの愛と赦しのまなざしの中に、身をゆだねたところです。このような態度が取れるかどうかが、人生の「分かれ目」のように思えてなりません。彼は、弱さと破れに改悛の涙を流し、イエスの愛に、身をゆだねたのです。41、人生には、目当てを失い、何をしていいのかわからなくなることがあります。福音書の復活物語に登場してくる人物にそれが見られます。イエスが、ガリラヤ湖畔で、7人の弟子たちに姿を現されたときの話です。弟子たちは、何をしてよいのかわからなくなり、ペテロが「私は漁に行く」と言って、かっての仕事に戻ったのです。他の弟子たちも、一緒に漁に行ったのです。これは、「今できることをする」のです。「もしあなたが憂鬱であったり、不安であったり、不機嫌なときには、すぐ真面目な仕事に取り掛かりなさい」(カール・ヒルティ著「眠られぬ夜のために」)。「真面目な仕事」とは、特別な仕事ではなく、普段していることです。「この世の小さなものに眼を注ぎなさい」とも言っています。7人の漁師たちが、失意の中で取った行動は、「漁に出る」ことでした。たとえ小さくとも、その精いっぱいの行動は、必ず報われると信じてよいのです。弟子たちが、素晴らしい食卓に招かれ、また後になすべき本当の仕事(使命)を与えられたように。以上が、今回の学びです。

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